認定特定非営利活動法人 静岡県就労支援事業者機構

協力雇用主の声

塀の中、檻の外側で行われている授業とは?

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竹中 功氏(大阪府)

作家

危機管理コンサルタント

謝罪マスター

釈放前指導導入教育員

 静岡県就労支援事業者機構が2023年12月に開催した就労支援研修会では、全国の刑務所で釈放前教育を行う作家の竹中功氏を講師にお迎えし、120名を超える参加者が熱心に耳を傾けました。竹中氏は吉本興業の敏腕広報マンとして活躍、芸人の育成やトラブル・スキャンダルの「謝罪」を引き受けた経験を活かし、退社後は危機管理コンサルタント・謝罪マスターとして全国を飛び回り、著書も多数上梓。吉本時代の刑務所慰問をきっかけに、「釈放前指導導入教育員」として釈放前の受刑者に社会復帰プログラムの授業を受け持っています。
 講演の内容を抜粋編集し、ご紹介します。

(竹中 功氏 プロフィール) 
 1959年大阪市生まれ。同志社大学法学部法律学科卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了。吉本興業株式会社入社後、宣伝広報室を設立し、『マンスリーよしもと』初代編集長を務める。よしもとNSCの開校をはじめ多数の劇場の立ち上げ、沖縄映画「ナビィの恋」、香港映画「無問題」などの映画製作も手掛ける。よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役などを経て2015年退社。
現在は作家として謝罪関連から、広報、コミュニケーションの専門家としての出版も多数。また講演会やセミナーを通してビジネス人材の育成や危機管理、広報、メディアリレーションなどに関するコンサルタント活動を行う。また2014年より法務省からの求めに応じ、刑務所での釈放前改善指導を行うなど、その活動は多岐にわたっている。                        

 吉本興業時代の慰問をきっかけに釈放前教育に関わるようになり、10年ほど経ちます。この間、全国の刑務所に100回以上通い、一人でも多くの出所者が塀の中に戻らないよう努めてきました。        
 吉本興業は110年以上、「カタチのない笑い」という商品を創り、サービスを提供してきましたが、お客様に喜んでいただくという意味ではモノを造ったり売ったりする事業と基本的に変わりはなく、特殊なことをしてきたわけでもありません。
 私はたまたま皆さま方が担っておられる就労支援の前段階で対象者に出会っている、という立場で、刑務所の中で行っている授業の一部をご紹介したいと思います。

「I love me」「オンリーワン」になろう

 私は同志社大を出て吉本興業に入り、15年後に同志社の大学院に行きました。
1995年は阪神淡路大震災があった年で、笑いのチカラの無力さを嫌というほど味わい、もう一度勉強し直そうと思ったのです。最初の大学4年間は嫌々だったのでろくに勉強もしませんでした。結局、人に言われてやったことは身につかず、失敗したら他人のせいにしてしまう。でも失敗したのは自分なんです。刑務所でも「社会に出たら自分で考えて決めるクセを持て」「自分で決めたら自分で責任取れるやろ」と繰り返し、実感を込めて話します。
 授業の冒頭では「皆さんは自分のことが好きですか?」と問いかけます。大変なことをして何年も刑務所にいるわけですから、答えは「嫌い」なんですが、社会に出てセカンドステージに入ったら、「I love me」になろうと呼びかけます。
 そして、「誰でも一番になれるんです」と強調します。一番という意味は、ナンバーワン、ツー、スリー(オリンピックでいえば金・銀・銅メダル)のような競争上の順位付けではなく、オンリーワンになろうということ。他者との違い・個性・魅力を磨けば一番になれるという意味です。
 インターネットの登場以降、事業の評価も単純な数字(価格、納期、数量など)ではなく、個性や差別化によって判断される時代に変わりました。受刑者にはピンと来ないかもしれませんが、企業人の皆さんなら、オンリーの世界にはワンしかなく、ツーやスリーは存在しないことを理解していただけると思います。

名前を覚えて「ちゃん」「さん」付けでコミュニケーション

 私の授業は1時間のものが4コマあり、最初の1~2コマは反応が薄いのですが、私が一生懸命彼らの名前を覚え、自分より年下なら「ちゃん」付けで、年上なら「さん」付けで呼ぶようにすると、3コマ目ぐらいから様子が変わり、自分から手を挙げて質問したりしゃべろうとするようになっていきます。刑務所内では言われたことだけやって手を挙げるのはトイレに行くときの意思表示ぐらい。相手から受け入れようとされないから、自分も受け入れない。そんな彼らには質問を考える習慣もないのです。
 質問が出にくいときはクイズをやります。たとえば、私の実体験ですが、ある観光地の旅館の女将さんから受けた相談で、A旅館の宿泊客がA旅館でお土産を買わず、隣のB旅館で買う。まったく同じお土産で値段も同じなのに…という。何が違ったのでしょうか。調べてみたところ、答えは実にカンタンで、B旅館の売店のおばちゃんの口が達者だったということでした。そのおばちゃんは話しかけやすくて世間話も上手。客が「明日〇時の電車で帰る」と言えば、「朝早いけど上の展望台に登ればいい景色が楽しめますよ」とひと言添えるような人でした。「そんなことならうちでも明日からすぐやるわ」とA旅館の女将は言いましたが、私は「魅力や個性は真似できません、女将さんやこの旅館にしかできないサービスを考えましょう」と答えました。

変化に躊躇しない

 女将はさっそく従業員を集め「明日からできるお金をかけないサービスはないか、意見を出しなさい」と命令した。これではダメですね。すぐにやれそうなことを今日まで言わずにやらなかったのだから、従業員は萎縮し、手も挙げられない。そこで私が「自分が客だったら、こういうサービスがあったらいいなと思うことを教えてください」と質問してみたら、「明日の天気予報が雨マークやったら、傘をもらえるとええなと思います」という意見が出て「ほんならビニール傘を渡したらええ」と女将さん。同じことを聞いているのに、提供する側では出てこなかった意見が提供される側なら出てくる。ようするに視点を変えるということが重要なんですね。
 芸人の世界でも同じです。売れる芸人さんというのは、観客の反応がイマイチだったとき、次のステージにはネタを変えます。なんなら楽屋で私たちに「まだ完成前の新ネタですけど、一度見てください」とまで言います。自分が変わらなければならないと気付ける人は、自分の視線を観客席に置いて客観的に見ることができる。変えることを躊躇しないのですね。
 逆に、売れない芸人はウケなかったあと、「次の回は客が入れ替わるから、またウケると思います」で終わってしまいます。ウケなかったのは客のせいですか?って話です。

被害者家族は加害者家族をどう見るか

 視点・視線・思考を変えるという話を、刑務所ではもう少しかみ砕いて話します。彼らは加害者です。「あなたたちの家族はどんな気持ちになっていると思いますか?」と聞きます。同時に「被害者家族は、加害者家族をどう見ていると思いますか?」と聞きます。
 被害者家族は加害者家族を「加害者」だと思っていますが、そのことを刑務所にいる加害者は知りません。せいぜい自分のせいで迷惑を掛けたなあと思うくらい。視点を変えてみなければ気付けないことでしょう。
 視点を変えることによって回りがよく見え、行動が変わる。自分の指針や哲学も変わり、生き延びてくれる。本来ならば加害者は被害者家族とコミュニケーションを取らなければなりません。A旅館の女将もそう、芸人もそうです。
 吉本興業は110年余続いてきましたが、時代の変化とともに変えなくてはならないこともたくさん出てきました。強いて言えば、変えてはならないものを変えないために、変え続けてきたのです。どっちにしても時代の変化に応じて企業も人間関係も変わらなければ生き残れません。
 自分と違う人間はたくさんいます。自分以外の人間は違う個性を持っている。10人いれば10通りの魅力がある。そういうことを知った上で外に出てもらいたいと思っています。

「自分史」を書いて自分を分析

 2023年7月末現在、日本の刑務所には41,541人の受刑者がいます。このうち20代は25,7%、30代は22,9%、40代は19,3%、50代は21,8%,60代は21,54%で高齢受刑者は年々増えています。私が指導するのは満期釈放受刑者で、出所した後の居場所や人脈を持たないという人が多く、社会の変化に即応しづらく、就労支援の方々のお力がより必要になるわけですが、何より大事なのはコミュニケーション能力を着けることです。
 私の授業では「自分史」を書いてもらっています。自分がインタビュアーになって自分のことを語り、自分のことを分析してもらうのです。他者とのコミュニケーションを円滑にするには、それが「己を知る」が第一歩なのです。
 〇〇年に〇〇校を卒業し、〇〇に就職したというような履歴書ではなく、たとえば10歳の頃の自分に「将来大人になったら何になりたかったの?」と問いかけ、答えが「野球選手」だったら、「どのポジション?」「好きなチームは?」「好きな選手は?」と質問をふくらませるよう指示します。質問に詰まったら、「クラスの子と最近何で遊んでいる?」と聞いてみたらと助言します。「友だちと釣りしている」「友だちって誰や?」「〇〇くん」「〇〇くんとどこで釣りしたん?」というように質疑応答をふくらませます。
 過去の自分に向き合ったら、次は未来の自分に質問です。「100歳になった自分に何を聞いてみたい?」と投げかけてみると、「100歳までに大きな病気をしましたか?」「巨人は強くなっていますか?」「地球温暖化はどうなっていますか?」等々、硬軟さまざまな質問が上がってきます。中には「おふくろや兄貴は怒っていませんか?」という本音の質問も出てきて、「インタビュー上手やなあ」と励ますと場が沸きます。
 過去、未来ときたら、最後は現在の自分に何がしたいかの質問です。「ビール飲みたい」「パチンコやりたい」「温泉入りたい」「寿司食いたい」等々ワーッと出てきたタイミングで「それらのこと、ここから出たらすぐに出来るよ」と語りかけると、皆の顔色が変わります。それを実現するためには働いて税金を払う義務が生じるわけで、ここから就労支援の皆さんの支えも必要になってきます。今回初めて、就労支援事業者の皆さんとお会いできて大変心強く思っています。      
 
 出所した後はどこに行こうが誰に会おうが自由で、誰もにやり直しのチャンスは与えられています。そのために必要なコミュニケーション術を身につけてもらうため、吉本興業で学んだポジティブ精神を活かし、今後も釈放前教育に努めていきたいと思っています。

〈近著のご紹介〉
『それでは釈放前教育を始めます~10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』
2023年3月 KADOKAWA刊 定価1,400円(別税)

鈴木真弓

インタビュー・文・写真/鈴木真弓

フリーライター
静岡市出身・在住
静岡県の地域産業、歴史文化等の取材執筆歴35年
得意分野は、地酒、農業、禅文化、福祉ほか

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